都合が良いことのみを引用して自分を優位にもってくる「我田引水」を、このブログでもやりがちですが、しがない市井の者がするのと、大きな組織のそれも権力のある者がするのとでは、その意味が違ってきます。

(2019/04/08)

経団連は、この提言の中で電力は以下の4つの危機に直面しているとし、その中の1つに「再生可能エネルギーの拡大が難しい状況」とありました。こうした危機から逃れるためには原発が必要だと。

その「難しい状況」とは、再エネの適地が偏在しており、そうした場所からの送電する手段が制約を受けているということのようです。

確かに風力発電は、海上や山の上などに多く建設されることから、電力を多量に必要とする都市や工業地帯から遠く離れており送電の制約は受けるでしょう。しかし、太陽光も含めて山を削ったり、渡り鳥の経路上に建てたりしては、自然との共生にはほど遠い設備となり、送電の問題以前に「難しい」投資とも言えます。

そもそも再エネの業者が送電しようとすると、送電線を所有する電力会社から、送電線が空いていないとされることがあるようですから、それを指して「難しい状況」と言うのかもしれませんが、この点に関して実際には、空いている事が多いことが指摘されています。()

太陽光に限っていえば、家庭や工場の屋根といった適地は、まだまだ空いており、家庭に限れば、発電した分を自家消費にまわすことで発電と消費が同じ場所で行われ、送電ロスを減らすこともできます。

経団連が述べているのは家庭のような小さな単位ではない、提言のタイトルにあるように「日本を支える」電力だと言われるかもしれませんが、今年2019年11月から10年間の固定価格買取制度(FIT)が終わり、電力市場に出てくる約53万世帯の分は、約200万kWもあるそうですから、100万kW級の原発2基分にも相当します。「ちりも積もれば山となる」です。

太陽光に限っていえば、「再エネの適地が偏在」というのは無理がありそうです。

実際に長さ約6m、幅が約2.5mのコンテナの上に建てた1600Wの太陽光発電で、電気自動車を充電できるだけの電力をうむことができるのですから、「再エネの適地」はいくらでもありそうです。


中西経団連会長の言う「原発」の積極的な活用では、いまだに収拾のめどもつかない福島原発の現実を見ているとはとても思えず、日立が儲からないために「エモーショナル(感情的)」になっているとしかとらえられません。

積極的な活用には再エネが一番現実的だと、太陽光発電による充電システムを運用しはじめてみて実感しています。